行持 下(36)

趙 提挙(チョウ テイコ)は、嘉定聖主(カテイ セイシュ)の胤孫(インソン)なり。知明州軍州事(チミンシュウグンシュウジ)、管内勧農使(カンダイ カンノウシ)なり。先師を請して、州府につきて陞座(シンゾ)せしむるに、銀子一万鋌(ギンス イチマンジョウ)を布施(フセ)す。

趙 長官は、宋の嘉定の皇帝(寧宗)の子孫です。明州の軍と州を治める地方長官であり、州内の農事を司る長官でもあります。長官は、先師 如浄和尚を州の庁舎に招き、説法をお願いして、銀貨一万鋌を布施しました。

先師 陞座了(シンゾリョウ)に、提挙(テイコ)にむかふて謝していはく、「某甲(ソレガシ)例に依(ヨ)って出山(シュッサン)して陞座す。正法眼蔵涅槃妙心(ショウボウゲンゾウ ネハンミョウシン)を開演し、謹んで以て先公(センコウ)の冥府(メイフ)に薦福(センプク)す。

先師は、説法が終わってから長官に感謝して言いました。「私は、慣例に従って山門を出て説法にお伺いし、正法眼蔵涅槃妙心(仏法の真髄である安らかな優れた心)を説いて、謹んで亡き御尊父の冥福をお祈り致しました。

(タダ)し是の銀子(ギンス)、敢(ア)へて拝領(ハイリョウ)せじ。僧家(ソウケ)、這般(シャハン)の物子(モッス)を要せず。千万賜恩(センバン シオン)、旧に依って拝還(ハイカン)せん。」

しかしながら、この銀貨は、どうしても頂く訳にはまいりません。僧侶は、このような物を必要としないからです。この有り余るお志は、これまでのように謹んでお返し致します。」

提挙いはく、「和尚、下官(アカン)(カタジケナ)く皇帝陛下の親族なるを以て、到る処に且(カ)つ貴(キ)なり、宝貝(ホウバイ)見ること多し。

長官は言いました、「和尚様、この私は忝いことに皇帝陛下の親族なので、何処へ行きましても貴ばれて、財宝を頂くことが多いのです。

今 先父の冥福の日を以て、冥府に資(シ)せんと欲(オモ)ふ。和尚 如何(イカガ)納めたまはざる。今日多幸、大慈大悲(ダイズ ダイヒ)をもて、少襯(ショウシン)を卒留(ソツリュウ)すべし。」

今日は亡き父の冥福を祈る日なので、冥府の父を助けてあげたいのです。和尚様は何故お納め下さらないのでしょうか。今日は本当に幸せでございます。どうかお慈悲を以て、この少しばかりの施しをお納めください。」

先師曰く、「提挙の台命(ダイメイ)且つ厳なり、敢へて遜謝(ソンシャ)せず。只し道理有り、某甲 陞座 説法す、提挙 聰(アキラ)かに聴得(チョウトク)すや否や。」

先師は答えました、「長官のお言葉はまことに厳しく、とてもお断り出来るものではございませんが、しかし、私にも訳がございます。私は先ほど高座で説法しましたが、長官は、それをはっきりとお聞き取りいただけましたでしょうか。」

提挙曰く、「下官 只聴いて歓喜す。」

長官は言いました、「私は、ただただお話をお聞きしまして、喜びで一杯でございます。」

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