道元禅師 正法眼蔵 現代訳の試み

一百八法明門(1)

(いっぴゃくはち ほうみょうもん)

(ソ)の時に護明菩薩(ゴミョウ ボサツ)、生家(ショウケ)を観じ已(オワ)りぬ。
時に兜率陀
(トソツダ)に一天宮(イチ テングウ)有り、名づけて高幢(コウドウ)と曰(イ)ふ。
縦広
(ジュウコウ)正に等しく六十由旬(ユジュン)なり。
菩薩 時々に彼
(カ)の宮中(グウチュウ)に上り、兜率天(トソツテン)の為に法要を説けり。

仏となる時が来た兜率天の護明菩薩(釈尊の前身)は、次に出生する人間界の中の家を観察した。
その時、兜率天には一つの天宮があり、名づけて高幢と呼ばれていた。
それは縦横の大きさが等しく六十由旬であった。
この菩薩は、いつもその天宮に上って兜率の天人の為に教えを説いていた。

(コ)の時に菩薩、彼の宮に上りて安坐し訖已(オワ)り、兜率の諸天子に告げて言(イワ)く、
「汝等
(ナンダチ)諸天、応(マサ)に来(キタ)り聚集(アツマ)るべし。
我が身 久しからずして人間
(ニンゲン)に下るべし。
我今 一の法明門
(ホウミョウモン)を説かんと欲(オモ)ふ。
名づけて諸の法相に入る方便門
(ホウベンモン)といふ。
教を留めて汝を化
(ケ)すること最後なり。
汝等 我を憶念
(オクネン)するが故に、汝等 若(モ)し此(コ)の法門を聞かば、応に歓喜を生ずべし。」

この時に菩薩は、その天宮に上って安坐し、兜率の天人たちに告げた。
「諸天子たちよ、集まって来なさい。
私は近いうちに人間界に下るであろう。
そこで私は今、一つの法明門(聖者の道に入る門)を説こうと思う。
名づけて、すべての法相(ものごとの真相)を悟る方便門(便宜の教え)という。
この教えを残して、お前たちを教化する最後とする。
お前たちは、私のことを心に深く思って忘れないので、お前たちがもしこの教えを聞いたならば、きっと歓喜することであろう。」

時に兜率陀の諸天 大衆(ダイシュ)、菩薩 此(カク)の如く語るを聞き已(オワ)りて、天の玉女(ギョクニョ)、一切の眷属(ケンゾク)に及ぶまで、皆来り聚集(アツマ)りて彼の宮に上りぬ。

その時に兜率の諸天たちは、菩薩がこのように語るのを聞いて、天女から一切の眷属に至るまで、皆集まって来てその天宮に上った。

護明菩薩、彼の天衆(テンシュ)の聚会(アツマ)り畢已(オワ)れるを見て、為に法を説かんと欲(オモ)ひて、即時(スナワチ)更に一天宮を化作(ケサ)して、彼の高幢を本天宮の上に在(オ)く。

護明菩薩は、彼ら天人衆が集まったのを見て、そこで教えを説こうと思い、すぐにまた神通力で一つの天宮をつくって、その天宮をもとの天宮の上に置いた。

高大広闊(コウダイ コウカツ)にして四天下(シテンゲ)を覆ひ、喜ぶべき微妙(ミミョウ)、端正(タンジョウ)(ナラ)び少(ナ)く、威徳巍巍(イトク ギギ)たり、衆宝(シュホウ)もて荘餝(ショウジキ)せり。

それは高大で広々としていて四天下(東西南北の国々)を覆うほどであり、喜ばしい微妙端正な姿は並ぶものなく厳かで偉大であり、多くの宝石で美しく飾られていた。

一切欲界の天宮殿の中に、匹喩(ヒツユ)すべき者無し。
色界
(シキカイ)の諸天、彼の化殿(ケデン)を見て、自(オノ)が宮殿(グウデン)に於(オイ)て、是(カ)くの如くの心を生ぜり、塚墓(チョウボ)の相の如しと。

すべての欲界(欲望の世界)の天宮殿の中で、これに匹敵するものは無かった。
また色界(物質の世界)の諸天たちは、その宮殿を見て、自分の宮殿が墓場のように思われたのである。

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