谿声山色(5)

かくて年月をふるに、大証国師(ダイショウ コクシ)の蹤跡(ショウセキ)をたづねて、武当山(ブトウザン)にいりて、国師の庵のあとに、くさをむすびて爲庵(イアン)す。竹をうゑてともとしけり。

こうして香厳は年月を経た後に、大証国師の跡を訪ねて武当山に入り、国師の庵の跡に草庵を結びました。そして、竹を植えて友として過ごしました。

あるとき、道路を併浄(ヘイジョウ)するちなみに、かはらほとばしりて、竹にあたりてひびきをなすをきくに、豁然(カツネン)として大悟す。

ある日、道を掃いていると、かわらが飛び散って竹に当たり、「カーン」と響くのを聞いて、からっと仏道を悟りました。

沐浴(モクヨク)し、潔斎(ケッサイ)して、大潙山(ダイイサン)にむかひて焼香礼拝(ショウコウ ライハイ)して、大潙にむかひてまうす、
「大潙
(ダイイ)大和尚、むかしわがためにとくことあらば、いかでかいまこの事あらん。恩のふかきこと、父母(ブモ)よりもすぐれたり。」

そこで香厳は、身体を洗い清めて大潙山に向かって焼香礼拝し、彼方の大潙禅師に申し上げました。
「大潙大和尚よ、昔 私のために教えてくれたなら、どうして今日の事があったでしょうか。その恩の深いことは、父母よりもすぐれています。」

つひに偈(ゲ)をつくりていはく、
「一撃
(イチゲキ)に所知(ショチ)を亡ず、更に自ら修治せず。
動容古路
(ドウヨウ コロ)を揚(ア)ぐ、悄然(ショウゼン)の機に堕せず。
処々蹤跡無し、声色外
(ショウシキ ガイ)の威儀(イイギ)なり。
諸方達道の者、咸
(コトゴト)く上上の機と言はん。」

後に詩を作って言うには、
「かわらが竹を打つ響きに我を忘れ、更に自ら修めることなし。
 立ち居ふるまいは古仏の道を歩み、心は憂いに沈むことなし。
 いたるところ跡なきことは、見聞きする我によらざる姿なり。
 諸方の仏道の達人は、みな最上の器量と言うであろう。」

この偈を 大潙呈す。大潙いはく、「此の子、徹せり。」

この詩を 大潙に送ると、大潙の言うには、「この人は道に徹した。」と。

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