袈裟功徳(20)

龍樹祖師(リュウジュ ソシ)(イワ)く、「復(マ)た次に仏法の中の出家人は、破戒して堕罪(ダザイ)すと雖(イエド)も、罪 畢(オワ)って解脱(ゲダツ)を得(ウ)ること、優鉢羅華比丘尼(ウハツラゲ ビクニ)本生経(ホンショウキョウ)の中に説くが如(ゴト)し。

龍樹祖師の言うことには、「また次に、仏法の中で出家した人は、破戒して罪に堕ちても、その罪の報いが終われば解脱を得ることは、優鉢羅華比丘尼の前世の物語の中に説かれている通りです。

仏在世(ブツ ザイセ)の時、此(コ)の比丘尼、六神通(ロクジンツウ)阿羅漢(アラカン)を得(エ)たり。貴人(キニン)の舎(イエ)に入りて、常に出家の法を讃(ホ)めて、諸(モロモロ)の貴人 婦女(ブニョ)に語りて言(イワ)く、「姉妹(シマイ)出家すべし。」

釈尊が世に在りし時、この尼僧は六種の神通力と聖者の悟りを得ました。そして貴人の家に入っては、いつも出家の法を褒めたたえて、貴婦人たちに 「姉妹よ、出家しなさい。」 と言って出家を勧めました。

諸の貴婦女の言(イワ)く、「我等(ワレラ)(ワカ)くして容(カタチ)盛美(セイビ)なり、持戒(ジカイ)を難(カタ)しと為(ナ)す、或(アル)いは当(マサ)に破戒すべし。」
比丘尼言く、「戒を破らば便
(スナワ)ち破るべし、但(タ)だ出家すべし。」
問ふて言く、「戒を破らば当に地獄に堕すべし、云何
(イカン)が破るべき。」
答へて言く、「地獄に堕さば便ち堕すべし。」
諸の貴婦女、之
(コレ)を笑て言く、「地獄にては罪を受く、云何が堕すべき。」

すると貴婦人たちは言うのでした。「私たちは若く姿も美しいので、出家の戒を保つことは難しいでしょう。たいがい戒を破ってしまうことでしょう。」と。
そこで尼僧は言うのでした。「戒を破るのなら破ればいいのですよ。ですから出家しなさい。」と。
貴婦人は尋ねました。「戒を破れば地獄に堕ちるのでしょう。どうして破っていいものでしょうか。」
尼僧は答えて、「地獄に堕ちるのなら堕ちればいいのですよ。」
貴婦人たちは、これを笑って言うのでした。「地獄では罰を受けるのでしょう。どうして堕ちていいものですか。」

比丘尼言く、「我れ自ら本宿命(ホンシュクミョウ)を憶念(オクネン)するに、時に戯女(ケニョ)と作(ナ)り、種々の衣服を著(ジャク)して旧語を説く。

そこで尼僧は言いました。「私は、自分の前世を思い起こすと、ある時 遊女になって、様々な服を着て客に親しく声をかけていたことがありました。

(ア)る時、比丘尼衣を著して、以て戯笑(ケショウ)を為す。是(コ)の因縁(インネン)を以ての故に、迦葉仏(カショウブツ)の時、比丘尼と作りき。

そのある日に、尼僧の衣(袈裟)を着てふざけたことがあります。この因縁によって、後に迦葉仏が世に出られた時に、尼僧になりました。

時に自ら貴姓端正(キショウ タンジョウ)なるを恃(タノ)んで、憍慢(キョウマン)を生じて禁戒を破る。禁戒を破る罪の故に、地獄に堕ちて種々の罪を受く。受け畢竟(オワ)りて釈迦牟尼仏(シャカムニブツ)に値(ア)ひたてまつりて出家し、六神通 阿羅漢道を得たり。

その時には、自分の生まれが高貴なことや、姿が美しいことに慢心して禁戒を破りました。そして、禁戒を破った罪で、地獄に堕ちて様々な罰を受けました。罰を受け終わると、今度は釈迦牟尼仏に出会うことができ、そして出家して六種の神通力や聖者の悟りの道を得ることが出来たのです。

(コレ)を以ての故に知りぬ、出家受戒せば、復た破戒すと雖も、戒の因縁を以ての故に、阿羅漢道を得(ウ)。若(モ)し但(タ)だ悪を作して、戒の因縁無きは、道を得ざるなり。

私はこのことによって知りました。出家して戒を受ければ、また破戒したとしても、戒を受けた因縁によって、聖者の道が得られるということです。もし、ただ悪事をなすばかりで戒を受ける因縁が無ければ、道を得ることも無いということです。

我れ乃(スナワ)ち昔時(ソノカミ)、世世に地獄に堕し、地獄従(ヨ)り出でて悪人為(タ)り。悪人死しては還(マ)た地獄に入りて、都(スベ)て所得無し。

私はその昔、生まれ変わる度に地獄に堕ちて、また地獄から出るという悪人でした。悪人は死ねばまた地獄に入って、まったく利益がありません。

今以て証知するに、出家受戒せば、復た破戒すと雖も、是の因縁を以て、道果を得べし。

今はっきり分かったことは、出家して戒を受ければ、また破戒したとしても、戒を受けた因縁によって、仏道の悟りを得るということです。」と。

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