発菩提心(9)

(ほつぼだいしん)

菩薩の初心のとき、菩提心を退転すること、おほくは正師(ショウシ)にあはざるによる。正師にあはざれば正法(ショウボウ)をきかず、正法をきかざればおそらくは因果を撥無(ハツム)し、解脱(ゲダツ)を撥無し、三宝(サンボウ)を撥無し、三世(サンゼ)等の諸法を撥無す。いたづらに現在の五欲に貪著して、前途菩提(ゼント ボダイ)の功徳(クドク)を失す。

菩薩(仏道に発心した者)が初心の時に菩提心を退くことは、その多くが正師(正法の師)に会わないことに因ります。正師に会わなければ正法を聞くことがありません。正法を聞かなければ、おそらくは因果(原因と結果)を無視し、解脱(煩悩からの離脱)を無視し、三宝(仏と法と僧)を無視し、三世(過去 現在 未来)など、あらゆるものを無視するようになるでしょう。そして徒に現在の五欲(財欲、色欲、食欲、名誉欲、睡眠欲など)を貪って、将来の菩提(悟り)の功徳を失ってしまうのです。

あるいは天魔波旬(テンマ ハジュン)等、行者(ギョウジャ)をさまたげんがために、仏形(ブツギョウ)に化(ケ)し、父母(ブモ)師匠、乃至(ナイシ)親族 諸天等のかたちを現じて、きたりちかづきて、菩薩にむかひてこしらへすすめていはく、

或いは天界の悪魔などが、修行者を邪魔するために仏の姿に化けたり、父母や師匠、親族、諸天などの姿で現れて、菩薩を誘惑して言うには、

「仏道長遠(ブツドウ チョウオン) 久受諸苦(クジュ ショク)もともうれふべし。しかじ、まづわれ生死(ショウジ)を解脱(ゲダツ)し、のちに衆生をわたさんには。」

「仏道を成就する道は果てしなく遠く、久しく多くの苦を受けることは最も憂うべき事である。それなら先ず自分が生死輪廻を解脱して、その後に衆生(人々)を渡すに越したことはあるまい。」と。

行者このかたらひをききて、菩提心を退し、菩薩の行を退す。まさにしるべし、かくのごとくの説はすなはちこれ魔説なり。菩薩しりてしたがふことなかれ。もはら自未得度先度他の行願を退転せざるべし。

修行者は、この誘いを聞いて菩提心を退き、菩薩の行を退いてしまうのです。まさにこのような説は魔説であることを知りなさい。この魔説を菩薩は知って、それに従ってはいけません。そして専ら自未得度先度他(自らが悟りの浄土へ渡る前に、先ず他を渡す)の誓願を退かないようにしなさい。

自未得度先度他の行願にそむかんがごときは、これ魔説としるべし、外道説(ゲドウセツ)としるべし、悪友説としるべし。さらにしたがふことなかれ。

この自未得度先度他の行願に背くようであれば、魔説であると知りなさい。外道の説であると知り、悪友の説であると知って決して従ってはいけません。

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